最後までやらないのは悪いことじゃない

何かを始めたら最後までやり通さないといけない。

そう親から教育されて、途中で投げ出すことは悪いことだと思っている人がいる。

そうゆう人は、今やっていることがツラくてたまらないのに、投げ出すことなく耐え忍んで頑張っていたりする。

それはそれで美徳なのかもしれないけど…


例えば、資格取得のための勉強。

始めたものの、途中でつまらなくなったり自分には合わないと感じるようになってきたとする。

でも、途中で投げ出すのは悪いことだ。

だから我慢して勉強を続ける。


私なら、やめてしまえばいいのにと思う。

それは悪いことではないと思うからだ。


コンコルド効果というものをご存知だろうか。

Wikipediaにはこう説明されている。


ある対象への金銭的・精神的・時間的投資をしつづけることが損失につながるとわかっているにもかかわらず、それまでの投資を惜しみ、投資がやめられない状態を指す。
超音速旅客機コンコルドの商業的失敗を由来とする。


この心理的なプレッシャーは、様々なシーンで感じることがある。


私の例でいうと、株式投資。


長らく保持していた株式の株価が、最近下がり始めた。

経済ニュースを見ている限り、その企業の財政も良くはなさそうだ。

買ってからずっと応援してきた企業だから、それを売ってしまうのは忍びない。

いずれ株価が復活するかもしれないな…

よし、このまま売らずに持っておこう!


そしてけっきょく株価は復活せず、含み損は増大。

売るタイミングを逃してしまい、塩漬けになった…。



資格取得のための勉強もそうだと思うのだ。

勉強のために高額な参考書も買ったし、今日までたくさん勉強してきた。

でも、勉強していくうちに、「これは本当に自分のやりたいことなのだろうか?」と感じるようになったとする。

しかし、途中で投げ出すのは悪いことだ、悪い子がすることだ!と言われてるし、今日まで頑張ってきたことが無駄になるような気がする…。

そして、シンドイなと思いつつも我慢して最後までやり切る。


それも間違いではないと思う。

最後までやり切ることは素晴らしいことだ。


でも、自分のやりたくないことに対して、なぜ我慢してまで時間を浪費して頑張らなくちゃいけないの?

その労力と時間は、自分がハッピーでいられることに使ったほうが良くない?

やりたくないことで時間を浪費するなんて、無駄じゃない?



途中で投げ出したら、それまでやってきたことが無駄になってしまう?

そうかもしれない。

いや、考えようによっては無駄じゃない。

それが自分には向いていなかったとか、実は関心がなかったということに気付けたのだから、無駄じゃないのだ。

始めていなかったら、それに気付けなかったのだから。



人は、自分自身のことが分かっていそうで分かっていない。


例えば、趣味。

自分の好きなことを趣味というけど、それが最初から好きだと自分で認識していたわけではないはずだ。

何かのきっかけでたまたまやってみたら、楽しかった。

そんなものだと思う。


試しにやってみたから、それが好きだと気づけたのだ。


だから、勉強だって習い事だって、仕事だって、「自分には合わないな」とか「思ってたのと違うな」とか「これは自分が描いていた理想とは違うな」と思ったら、途中でもサッサとやめちゃえばいいのだ。

サッサとやめて、もっと有意義なことをしたほうがいいいと思う。


「とりあえずやってみる」ということが重要だと思う。

やってみないと、自分がそれを好きなのか嫌いなのかさえ分からないのだから。

途中でやめたって、好きか嫌いかがわかったということは、無駄じゃなかったといえる。



ところで、私が途中で投げ出したことをいくつか挙げてみる。


〈スイミングスクール〉

順調に昇級して一通りの泳法を覚えたので辞めた。

それ以上のスキルは求めていなかったため。


〈行政書士の資格取得〉

学習が一通り終わる前に、行政書士は食えないという話を聞いた。

そして、実際に食えていない資格保持者を目の当たりにしたため、途中でアッサリやめた。


〈スペイン語〉

Facebookで知り合った外国人の男の子とのやりとりを円滑にしたいと思ってテキストを購入し、独学を開始。

が、彼はただ日本人の知り合いが欲しかったというだけであり、また、どうでもいい話で頻繁にメッセージを送ってくるため、鬱陶しくなってブロックした。

ゆえに、スペイン語を学ぶ理由がなくなったため、途中でやめた。

スペイン語に関心がなかったことにも気づいた。

とりあえず、猫をスペイン語で「gato(ガト)」ということだけは覚えた。


〈社会保険労務士〉

行政書士よりは実用的なのではと思って独学を開始。

テキストの半分量くらいまで学習を進めたが、試験のためにいちいち金額を覚えなければならないのが面倒で仕方がなかった。

どうせ現場では一覧表を見て業務するんだろうになぜ覚えさせるんだ?と思ってやる気が若干萎えた。

また、実際にどういった業務をするのだろうと思って求人を見てみたところ、給与計算がメインのもよう。

そんなのソフトで管理すれば素人でもできるのでは?と思った。

また、そもそも自分は給与計算の仕事がしたいわけじゃない。

むしろやりたくない。

ということで、現実が自分の理想とは違ったため、途中でやめた。


〈心理学検定〉

自分がメンタルを病んでいるということもあり、心理学に興味を持って独学を開始。

合格して、なんなら仕事に繋がったらいいなと期待してテキストの最後まで学習を終えた。

が、精神科の主治医から、カネにはならんと断言されたため、受検することはやめた。



こんな感じで、途中でやめたものはいっぱいあるけど、じゃあ全部無駄だったのかと言ったらそんなことはなくて。

知識が増えると、自分の生活環境の中で、それまで見えなかったものが見えるようになったり、社会の仕組みが分かったり、人の行動の裏にある心理が分かったりと、自分自身の栄養になっている気がする。

確実に知見が増えていることは感じる。


とりあえずやってみる。

まずはそこから。

途中でやめるのは全然悪いことじゃない!



おちまい





 

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