共通の話ができる人がいない

私の趣味や関心事は、共感してくれる人が少ない。

おそらく、その他大勢の人たちとちょっとズレているのだと思う。


しかし、同じ趣味をもった人がたまにいることがある。

ただ、それでも会話が始まると、なんかうまく進まないというか、しっくりこない感じが否めない。



数年前まではドリフトを頑張っていた

たとえば、ドリフト。

私は以前、サーキットに通ってドリフトを練習していた。


ドライビングが上達したくて、月1~2回の頻度で通って練習をしていた。

つまり、車好きでありドリフト好きなのだけど、男性においても女性においても、ピタッと趣味が合う人というのが非常に少ない。


車好きに関しては男性にはたくさんいるでしょ!と思う方もいるだろうが、私の場合はちょっと違う。

世の一般的な男性がいう〈車好き〉は街乗りがメイン。

つまり見た目重視で、街乗りでは不要なメーターを追加でつけてみたり、音を楽しむためにマフラーを交換してみたり、カッコよく見せるためのエアロをつけて、それを傷つけないように慎重に運転するし、頻繁に車を磨き上げてスタイリッシュに乗っている。

ホイールだって、見た目のカッコよさを目的に交換している。

そんな人が乗る車はいつでもピカピカで、乗せてもらうのも気が引けるような車である。


一方で、私が好む車は、ひと言でいうと機能美だ。

見た目も多少は気にするけど、走行機能重視だ。

追加メーターはカッコよくするためではなく、必要だからつける。

エアロ、とくにフロントバンパーやフェンダーは消耗品だ。

練習中にぶつけることもしばしばなので、塗装が剥げてたり傷だらけだったり、割れてることさえある。

しかしそれらは消耗品。ちょっと割れたからといっていちいち買い換えていたらお金がかかるし、そもそもバンパーが割れていても走行に支障がなければ割れたままで構わない。

マフラーは吸入系を効率良くしたらこちらも合わせて効率の良いものにしないと意味がないので交換する。

ホイールは、タイヤの幅を広くしてグリップ力を高めたいからサイズを変えるために購入する。

ロールケージ(通称ジャングルジム)は、走行中に横転したら自分自身が危ないのでつける。

その他いろいろなパーツを交換したが、いずれもドリフト走行に耐えられないがために交換したものだ。


つまり、実用面からの理由で改造しているのであり、見た目は二の次なのである。

その見た目はピカピカとは程遠く、傷だらけでツヤもないし、エアロは前後で色が違ったりする。

車内は軽量化するために内装をひっぱがしてあり、とても清潔快適に乗れる仕様ではなかった。


そんな車を好む人は、男性においても少ない。

女性においてはなおさら少ない。

ゆえに、希少な存在なのである。


しかし、そのような希少な人が身近にいたとしよう。

実際、私が勤めていた職場にはいたのだけど、共通点であるドリフトについて会話をしてみたら、なんだか会話が楽しく進まないのだ。

車がない所で会話をしているため走行技術の話が中心になるわけだが、それが全然おもしろくないのだ。

本人にその気がなくても、「私すごいでしょ♪」みたいなマウントをとる会話になってしまうのだ。

サーキット場でお互いの走行を見て「あそこのコーナーはどうやって振ってるの?」というような会話になれば、有意義だし楽しいのだと思うのだけど、そうでないと何も楽しくない。



インド仏教哲学について関心がある人は希少

それから、私がいま学習し直し中のインド仏教や哲学について。

そもそもこれに対して興味関心がある人が非常に少ない。

大学在学中、この分野である原始仏教の講義を受けていたのだが、受講生は4学年合わせて10人もいなかったような気がする。

パーリ語という言語にあわせてタイ文字やビルマ文字などいろいろ覚えないといけないことが多く、難しくて厄介な講義だというウワサを始めから耳にしていた。

ゆえに、これの受講を避ける学生がほとんどだった。


私は原始仏教にハマった人間だが、当時からこれについて楽しく話せる人は皆無だった。

哲学とはいえ、一般的には宗教というくくりのため、こちらから積極的に話すのは気が引ける。

私にそんな気は微塵もないが、信仰の押し付けととられかねない危険を孕んでいる。


仮に、同じインド仏教に興味関心を持った人と会話をしたとする。

すると、お互いの知識量に大きな差があると嚙み合わないし、そもそも一つのことに対しての解釈が個人によって異なることも多いため、自説を力説してしまい、論破しようとしたり、マウントをとってみたり、相手の解釈を変えようとしてみたりということが生じることがあり、気持ちの良いコミュニケーションにならないことが多い。

私は知識量が少ないため、論破されたり否定されたりして気持ちが凹むことが多い。



ときどきプラモ作りを楽しんでいる私

私の好きなプラモも同様だ。

プラモといったら主に男性が好む趣味だ。


だから、同性(女性)の友人たちとプラモについて話すということは皆無である。

話したところで「ふぅ~ん・・・」で終わりである。



こうやって考えると、私の場合、自分の好きなことについては他者と楽しく話したいなんて思わず、独りで黙々と楽しむのが平和なんだろうなと思う。



おちまい


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