生活保護を「ずるい」という人たちについての考察

生活保護の話になると、

「働いてもギリギリの生活をしている人間もいるんだぞ!」

「働かずに生活費をもらえるなんてずるい!」

なんていうツイートをよく目にする。


困っている人がいるんだから助けてあげればいいじゃない、と私は思うんだけど、そう思わない人はたくさんいるようだ。


思うに、こうゆうことを言う人は自身もお金に余裕がない人なのだと思う。

経済的に余裕がある人は心にも余裕があるため、生活保護をずるいことだとは思わない。


てゆうか、そんなに生活保護がうらやましいのなら、生活保護を申請すればいいじゃないと思う。

生活保護受給をずるいという人は、その実情を知らないで言っているのだろうから、現実を学んで思い知るがいいと思う。



ところで、この「ずるい」という感情が生じる原因について考えてみた。


「ずるい」とは、


自分の利益を得たりするために、要領よく振る舞うさま。また、そういう性質であるさま。
〈goo国語辞書より〉


という意味だそうだ。

他者と自分を比較することで生じる感情だろうと思う。


「ずるい」という言葉を口にする人は、他にもいろんなシーンで「ずるい」という言葉を口にしているような気がする。

他者が自分より得をしているとか優遇されているとか、良い状況に置かれていることを快く思わない。

そして当然だが、自分が他者より得をしている場合は何ひとつ文句を言わない。

むしろ「いいでしょ~♪」と、たとえ口には出さなくとも心の中でニヤついていると思う。


他者の幸せをも喜ぶことができるというのが、人としての徳だと思うのだけど、それができない人なのだ。


そして私は考える。


もしかしたら、幼少期に親から褒められることがなかった人なのかもしれない。

親から認められなかったことで、幼少期に得られるはずだった全能感や承認欲求が満たされなかった人なのかもしれない。

それにより、大人になってもそれを他者に求めてしまうのかもしれない。

自己肯定感が低いため、自分自身よりも不遇な人を見ることで自意識のバランスをとっているのかもしれない。

一方、自分よりも優遇されている(と感じる)人を見た場合は、その相手を貶めることで自分自身を肯定する。


そんな心理が働いているのではないかと、私は考察する。



それからもうひとつ。


昔からよく耳にする言葉、

「世界にはあなたより食べることに困っている人がたくさんいるのよ。だから贅沢を言わずに食べなさい。」


これを言い換えると、

「世界中には不幸な人がたくさんいるんだから、あなたも不幸でありなさい」

ともとれる。

つまり、不幸を受容することを押し付けているのであり、不幸であることを是としているように思うのだ。

たしかに、食べるものに困っている人は世界に存在する。

だからといって、自分が食べることを控えたところで、その困っている人が助かるわけではない。

親世代はとくに深く考えずにこのような言葉を子どもに言いきかせてきたのかもしれない。

日本社会は、苦労や忍耐を美徳とする。


さて、このように、不幸であることを是とすることを教えこまれた人たちは、「自分が不幸なんだからオマエらも不幸であるべきだ」と考えてもおかしくないと思うのだ。

てゆうか、そういう心理があるのだと思う。


彼らにとっては、人々すべてが不幸であることが幸せなのだろうか。

いや、自分だけが優遇されていることが幸せなのだろう。

なんとも未熟だなぁと思った。



おちまい



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